そう言われればそうかも。

日常での気づきや「おもしろい!」と思ったこと、断捨離やお金のことなども。

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自分にとって価値の薄まったコトは、やる気が起きなくなった。

日本円、「ていねいな暮らし」、年賀状・・・。

これらは最近、自分の中で価値が「暴落」しているものです。

 

 いつか断捨離したい「年賀状」。やめるにやめられない親戚分だけ投函してきた。 

 

 

「日本円」については、15年~5年前くらいまではものすごくほしかったです。

(今もほしいにはほしいですが、以前ほどではない)

たくさん貯めたくてしょうがなかったですが、それが数年前から日本円の価値に疑問が湧くようになりました。

 

自分の中で価値が薄まっていくのをどうしようもなかったです。

日銀がジャブジャブ円を刷ってるので実際、円の価値は薄まっているわけですけども。

 

世間一般からいったら微々たる金額だけど、わが家としてはとりあえず十分な額が貯まったのもそれに拍車をかけました。

価値が落ちてしまった日本円をこれ以上貯めてもなあ・・・というむなしさを感じるようになったのです。

 

 

あと、以前は少しあこがれていたけども今はまったくやる気が起きないのが、「ていねいな暮らし」とかいう名の過剰に家事に時間をかける生活スタイルですね。

 

 「ていねいな暮らし」なんて無理。あれは「趣味の世界」だから、忙しい人ややりたいことがある人は気にしないでおこう。

 

こういった、自分にとって価値のなくなったコトについて人に話すと、当然反発も受けます。

(特に「食事作り」に関することは反発が大きい)

 

先日も「ふだんのごはんなんて、『一汁一菜』でいい」「弁当は前の晩のおかずを取り分けたのと、冷凍食品を組み合わせたもので十分」と、持論を披露したところ、「お弁当は朝、一から作る派」の人たちの激しい反撃を受けました。

 

でも、いいんです。

心の中で「あー、この人たちはお弁当作りが『趣味』なんだね」とつぶやいておしまい。

 

こういったことは個人の価値観に紐づいているので、議論しても始まりません。

どちらが正しいとかじゃなく、その人がそれをやって幸せならいいんです。

 

わたしにとって、「日本円での過剰な貯金」や「年賀状」、「ていねいな暮らし」などは、もはや価値がなくなった。

だから、やらなくなった。

それだけのこと。

 

浮いた時間でその代わりに、自分の中で価値が大きくなったコトにさらに時間を割いていきたいと思います。