そう言われればそうかも。

日常での気づきや「おもしろい!」と思ったこと、断捨離やお金のことなども。

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金持ち村の「成金ビル」に思う。生活に余裕ができたら、「浪費」ではなく、「投資」にお金をかけるべき。

人間余裕ができると、「成金」に走りがちですね。

 

中国で農村の模範だった「金持ち村」はなぜ凋落したのか | 莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見 | ダイヤモンド・オンライン

 

「金持ち村」の凋落 

客観的に見たら、華西村は「成金ビル」を建てるんじゃなくて、本業の研究開発にお金を使うべきだったんでしょうね。

成金ビルを建てているようでは、本業のさらなる発展は望めないでしょう。

なんで、ああいう使い方をしてしまったのだろう。

しかも、趣味悪い・・・。

 

もし、華西村が「浪費」じゃなくて「投資」にお金を回していたら、今頃はさらに進化していたことでしょう。

 

一人ひとり「投資」の意味が違う

この話、組織だけじゃなくて、個人にも当てはまる話だなあと思って、読みました。

 

もっとも企業と違って、個人に置き換えると、「投資」とは何かーが人によって違ってきます。

 

企業なら、設備投資や研究開発ですが、個人としての定義は人それぞれでしょう。

 

ただ、「将来を見込んで金銭などを投じること」という辞書の定義からいえば、ある程度は決まってきますね。

定番は、貯蓄や金融商品を買うことでしょうか。

 

忘れちゃいけない「自己投資」

それと、忘れてならないのは「自己投資」だと思います。

 

わが家はこれまで、貯蓄をしたり、金融商品(投資信託など)を積み立ててきました。

そういった、お金の投資はしてきたのですが、夫婦ともども「自己投資」はほとんどしていなかったことに改めて気づきました。

 

自己投資を、「将来さらに稼ぐ力をつけるための活動」とすると、何もしてこなかったなあーと。

 

そう考えると、暮らしを小さくしたり、お金に働いてもらって生まれた余剰金、それらを生かしきれてないなという気がしてきました。

 

「稼ぐ力」がない不安 

いくら貯めても(そんなに多額の貯金があるわけではありませんが)、消えない将来への不安。

それは、「稼ぐ力」が身についていないからではーと、最近思うようになりました。

 

稼ぐ力があれば、必要な時に必要なだけお金を得ることができます(限度はありますが)。

将来の不安を減らすには貯金するだけではだめなのです、たぶん。

 

億単位の貯金があれば安心でしょうけれど、たいていの人には無理。

なので、ある程度の貯金+そこそこ稼ぐ力、あたりが誰でも目指せるところかなと思うのですが、どうでしょう。

 

わたしは経済的に成功して成金生活を送っているわけではありませんが、とりあえず専業主婦していられるくらいの余裕ができました。

ただ、自分に投資しているかと聞かれれば、とても「している」とはいえません。

この現状、まずいです。

 

将来の不安に打ち勝つためにも、「稼げる自分」になる。

そのために、お金を使う。

それこそが今自分に必要な「投資」だと最近思うようになりました。

 

成金に走った華西村を反面教師に 

0(何もないところ)から1を踏み出せたすごい村だったのに、1から10、100へと飛躍する機会を自らつぶしてしまった華西村。

 

発展し続けるには浪費はほどほどにして、投資にお金をかけるべき。

 

華西村の凋落を見て、そんなことを考えました。

 「お金の使い方」は難しい・・・。

 

「自己投資」についても思うことがあるので、また書きたいと思います。

いまは、「投資」になっているかはさておき、とりあえず、「ブログ」と「農作業」に精を出しましょうか。