そう言われればそうかも。

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【悲しみの5段階(グリーフケア)】末期がん自宅介護に後悔はあるけれど・・・。怒りを感謝に変えて、亡くなった母に「ありがとう」。

おとといは母の日でしたね。

 

実母は昨年春に亡くなってしまったので、昨年からプレゼントは義母だけに贈っています。

 

突然の末期がん宣告 

母にがんが見つかったのは一昨年の秋でした。末期の胃がんです。

 

そのことについてはこちらに書きました。

関連記事:あなたの「あの頃に戻りたい」は何年前? わたしは1年前です。

 

満足な介護ができなかった後悔

1年以上が過ぎた今も、手術後の自宅介護にとても後悔が残っています。

未熟なのは素人なので、しょうがないですが・・・

無知だとできないことだらけで結局、母の寿命を縮めてしまったような気がする。

 

専門家の協力を早くから求めていればよかったと思うのですが、それについてはまた書きたいと思います。

 

後悔と抑うつと怒り 

介護の技術的なこと以外に後悔しているのは、母の絶望感(もう助からないという気持ち)に寄り添えなかったこと、切ない気持ちに共感してあげられなかったこと・・・いろいろな後悔があります。

それはずーっと、引きずってしまっていました。

昨年中は、いや今年に入ってからも、うつうつとした気分でいたように思います。

 

そんな、かわいそうなことしたなという思いが、しばらく経ってからは「なんでこんなに早く死んじゃったの?!」という怒りに変わってしまったのです。

 

まだ67歳と若かったですから、よけいにそう思ってしまったのかも。

 

母の存在は思ったより大きかった

母とわたしは仲良し親子というわけではなかったです。

むしろ、不満がありました。

 

関連記事:「親子げんか」になってしまうのは、心理的な距離が近すぎるから。人間関係の距離の取り方。 

 

が、ここ数年はわたしが仕事を辞めて暇になったので、しょっちゅう電話で話したり、農作業を手伝ったり、たまに外食に行ったりもしていたので、交流は多かったです。

 

引きこもり専業主婦になってからは、母が話し相手で、相談相手で、食事相手で、友人がいらないくらいの生活をしていました。

母に依存していたのかもしれません。

 

なので、「なんでそんなに早く死んじゃったの⁉」という思いがなおさら強いんでしょうね。

 

繰り返す「否認」「怒り」「悲しみ」 

亡くなって数カ月の間は亡くなったことが信じられなかったり、やっぱり死んじゃったんだと思ったり・・・。

ただただ悲しくて、泣いていた時もありました。

 

それがひと段落してからは、後悔ですね。

「親孝行しておけばよかった」「もっと、ていねいに介護してあげればよかった」などなど・・・

 

その時期を過ぎてからです。

怒りが込み上げてきてしょうがありませんでした。

 

他のお母さんは80、90まで生きているのに、なんでわたしのお母さんだけ60代でいなくなっちゃったの⁈

頭の中でグルグルそんなことを考えてばかり。

誰よりも母が一番生きたかっただろうに・・・。

 

亡くなったことが信じられない気持ち、悲しみ、怒り、抑うつ感。

もう、この1年はその繰り返しだったように思います。

 

なぜか、感謝の気持ちが湧いてきた

そんな日々の中、きっかけは忘れましたが、ふと「お母さん、今までありがとう」とつぶやいてみました。

母に感謝してみたくなったのです。

 

そうしたら不思議ですね。

とっても心が温かく、軽くなりました。

 

それ以来「何で!」と怒りがわくたびに、「ありがとう」と心の中でつぶやくようにしています。

そうすると、何だか心が穏やかになります。

 

混乱状態や悲しみ、怒りから「感謝」へと気持ちが変わってきて、少し楽になりました。

 

悲しみの5段階 

わたしが体験したこの気持ちの変遷は、「悲しみの5段階」と呼ばれるものだそうです。

いや、以前から知っていたはずなのに、今まで全然思い出せませんでした。

 

悲しみの5段階|死別、ペットロスの悲しみから立ち直る グリーフケアカウンセラーの天国からのメッセージ&名言セラピー&朗読セラピー

 

ドイツの精神科医、キューブラー・ロスが死にゆく患者たちとの対話の中から発見したもので、残された者の心の変化にも使われるんですね。

 

死の受容のプロセス」の5段階

第1段階 「否認」
第2段階 「怒り」
第3段階 「取引」
第4段階 「抑うつ」
第5段階 「受容」

 

こういった経過を経て、患者は死を受け入れていくと言われていて、母もおおむねこんな感じでした。

 

このプロセスは残された側もたどる心の変化だそうで、順番通りにはいかなかったり、何度も繰り返したりするそうです。

わたしもこの順番通りではなかったです。

否認→抑うつ→怒りだったような・・・

(「取引」はよくわかりませんでした)

 

このプロセスからいうと、今は「受容」の段階にたどり着いたのかなあ。

だから、自然と「ありがとう」という感謝の気持ちが湧いてきたのかもしれませんね。

 

おとといの母の日も、改めてつぶやいてみました。

 「お母さん、今までありがとう」。