そう言われればそうかも。

ふつうの主婦の日記

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「失ったお金」は大きく感じる。

「失ったお金(損失)」は大きく感じます。

 

 

たかだか4,500円なんですけどね(ほんとは「たかだか」だなんて思ってない笑)。

なんだろ? 心の一部が欠けたようなこの喪失感は(やや大げさ)。

「あー、4,500円あったらあれも買えたし、これも食べに行けたよね」って思ってしまう。

 

この後悔の仕方は間違ってるってほんとはわかってるんです。

 

大会が予定通り行われてたら発生したであろう交通費と宿泊費、飲食費は失った4,500円よりはるかに多くなるわけだから、大会がなくなってより大きな「消費」を防げた。

なのに、この4,500円がもったいなく思えて仕方がないという⋯。

人間の心理って不思議です。

 

今回の例に限らず、お金の損得についての感じ方は差があるなーって思ってます。

「お金を得る喜び」より「お金を失う痛み」の方が大きい(何かの本で読んだけど、お金を得る喜びよりお金を失う悲しみは2倍強いらしい)って言われてますよね。

 

 

30代に入ってからトレード(たまに個別株を買ったりFXをしたりするていど)を始めたんで、自慢できることじゃないけど人より多く「お金を失う」経験をしてます。

たとえ少額でもお金を減らすのは痛い。

 

失ったお金のことを考え始めると、このお金があれば(我慢してた)あれができたのに⋯と後悔し、そのたびにへこんでました。

そういう時は実際に失った金額よりも大きな痛みを感じてたように思います。 

 

 

そういった経験から得た教訓は⋯

  • 「失ったお金」のことは考えるな!
  • でも、なぜ失ったのか原因は突き止めるべし

ということ。

 

「失ったお金」はもうどうにもならない過去のこと。

どうにもならないことを考えてクヨクヨするのはどう見ても健康的じゃありません。

それより原因を探すのが先で、二度と同じ失敗を繰り返さないようにする方が建設的だなーって思うようになりました。

 

今回みたいな天災の場合はトレードと違って自分じゃどうにもできないことだったんだから、いさぎよく忘れるべきなんですよね。

しかしそれにしても、4,500円あったら新しい靴を買う足しにしてたのにな⋯(←まだブツブツ言ってる)

 

 

 

[今日のラン]  5:52/kmで12.3km

大会が中止になり落ち込んだけど、気持ちを切り替えて通常練をすることに。

 

 

久しぶりにキロ6分を切った!

前回と同じくらいのキツさで走ったのに、キロ20秒も違うの何でだろ⋯

体調が影響してるのかもしれません(夕べは熟睡できた)。